更新日:2015年8月25日

インターネットは鳴り止まないっ ── 香月啓佑さん(一般社団法人インターネットユーザー協会事務局長)『月刊群雛』2015年09月号寄稿コラム

月刊群雛2015年09月号 NOW ON SALE

一般社団法人インターネットユーザー協会(MIAU)事務局長の香月啓佑さんから『月刊群雛』2015年09月号に寄稿いただいたコラム『インターネットは鳴り止まないっ』を、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(CC BY 4.0)に基づき公開させていただきます。




インターネットは鳴り止まないっ
情報へのアクセスを求めて


電子書籍制作者としての僕


前号の本書のゲストコラムで、西田宗千佳氏が有料メールマガジンとEPUBの話を書いていた。そのなかで「津田大介のメディアの現場」のメルマガEPUBの事例を紹介していたが、実はそのメルマガEPUBを担当していたのが僕だ。この原稿は一般社団法人インターネットユーザー協会 事務局長という肩書きで書いているが、僕は津田大介氏の有限会社ネオローグの企画制作部の一員でもある。2011年の夏にネオローグに入社して、一番最初にやった仕事の一つが「津田大介のメディアの現場」の立ち上げだ。最初は普通のメルマガと同様、メールテキストだけのメールマガジンを発行していた。しかしあるとき読者が「こんな風にすると便利ですよ」とメールマガジンをEPUBに変換してくれたものを送ってくれた。そしてその快適さに驚いたのだ。「じゃ、次号から公式でEPUBでメルマガ出すから」と津田大介からの無茶振りが飛んでくるのに時間はかからなかった。

サービス開始当時はSigilやFUSEe、そしてHTMLオーサリングツールなどを組み合わせ、四苦八苦しながら作っていた。しかし現在は原稿入稿フォーマットをMarkdown形式とし、EPUB制作は有料でカスタマイズしたでんでんコンバーターを利用している。でんでんコンバーターの導入によって制作にかかる時間はぐんと減った。そしてなんといっても僕がEPUBを作らなくてよくなった。実際の制作は(ITにあまり明るくない)編集者が一人で行っている。当初は少々のサポートが必要だったが、いまはほとんどその必要がない。僕は電子書籍制作から解放されたのである!

このように電子書籍の制作環境や技術はだんだん整ってきた。ではその電子書籍を受け入れる社会はどうだろうか。「電子書籍元年」は(数年をかけて)終わり、電子書籍は普及期に入っている。僕のまわりでも本は電子書籍で買うようにした、という人が増えてきたように思う。そして僕自身にも最近、電子書籍に関するブレイクスルーがあった。



僕は電子書籍で小説を読めなかった


一時期電子書籍界隈の勉強会などにしょっちゅう呼ばれて講師をしていた僕がこんなことをいうのはある種の懺悔に近いのだが、実は僕は電子書籍をあまり買っていなかった。電子書籍に対して、なんともいえない不信感があったからだ。そのなかでもマンガやビジネス書、新書はまだよくて、シチュエーションに応じて買ってみたりはしていたのだが、小説は電子書籍ではだめだった。筆者や編集者がページめくりの位置までを考えて本を制作しているなんて話を聞くと、リフローで勝手に改ページの位置が変わるなんてありえないと思っていた。

しかし最近、小説を電子書籍で読んでみることにした。又吉直樹の『火花』だ。芥川賞を本作が受賞する前に『文學界』で一度読んでいたのだが、芥川賞受賞をきっかけにもう一度読み返したいと思ったのだ。2ヶ月に一回の美容室に予約を入れており、髪を切ってもらっている間に読むものが欲しかったというのもある。僕は、美容室で自分にはよくわからない、不釣り合いな雑誌やヘアカタログを渡されるのが嫌いで、手渡された『MEN'S NON-NO』や『FINEBOYS』のカルチャー欄だけを何度も読み返して「読んでるフリ」をする自分がもっと嫌いなのだ。なんとしても『火花』をその瞬間に手に入れる必要があった。しかし受賞発表直後の高円寺の書店では軒並み売り切れ。いますぐ読みたいけどどうしよう、と考えていたときに自分が手にしているものに気づいた。iPhoneで読めばいいじゃん。そこではじめて小説を電子書籍で購入しようと思ったのだ。実際、購入のボタンを押す前に「小説なのに電子書籍で読んでいいのか?」という逡巡が自分のなかで一瞬あったのは事実だ。ただ背に腹は代えられない。iBooks Storeの「購入」ボタンを押していつもの美容室に入った。

そして1時間後に髪をさっぱりさせて出てきた僕は『火花』も完読していた。よく考えればベストセラー小説の場合、ハードカバーも文庫もあるし、『火花』のような受賞作品は文芸雑誌にも掲載される。『文學界』は2段組だったし、紙の小説だって「リフロー」じゃないか。そう思えば今後は小説も電子書籍で買ってもいいかな、なんて考えるようになった。『MEN'S NON-NO』や『FINEBOYS』を手渡されることもなかった。すごく幸せな気分だった。

ここまで僕の電子書籍にまつわる個人的な経験をつらつらと述べてきた。なんでもない、よくある「電子書籍は便利だと感じた話」にすぎないのだが、実はこの「よくある経験」は僕にとってかなり新鮮だった。いままでインターネットに関するさまざまなサービスについて、僕はある種のアーリーアダプター的な形ですぐに馴染むことができた。しかし電子書籍だけはそうはならなかった。部数だけで見れば、当時日本で一番売れていた電子書籍の制作をしていたのに、だ。つまり僕は『火花』によって、新たな概念的なインターネットサービスが受け入れられる過程を経験したということができる。

ではなぜ僕はここまで電子書籍を受け入れることができなかったのだろうか。それを考える上でローレンス・レッシグが『CODE』で展開した議論を考えてみたいと思う。



僕が電子書籍を買わなかった理由と『CODE』


『CODE』は1999年(日本語訳は2001年)に出版された、サイバー空間の規制のありかたについて書かれた本だ。著者のローレンス・レッシグは米国の憲法学者で、インターネット空間での自由を守る活動を続けている。クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの創始者だといえばその活動をイメージできるひとも多いだろう。

レッシグは『CODE』のなかで、高度情報社会における社会統制の手法として「法(Law)」「規範(Norm)」「市場(Market)」そして「アーキテクチャ(Architecture)」の4つの手法を示す。前に述べたとおり『CODE』の議論は社会統制について考えるためのものだ。しかしさまざまな社会現象の失敗を考える上で、その失敗の原因を分析するマインドセットとすることもできる。そこで今回はこの4つの手法を電子書籍に当てはめて考えてみたい。

電子書籍に関連する「法」はいくつか存在するが、著作権法や不正競争防止法がその主なところだろう。図書館法も今後関係するようになるかもしれない。「規範」としては種々の出版慣行があてはまる。「市場」は書店、そして電子書籍の場合はウェブサービス、そして出版物を電子書籍で買おうとする消費者の数があてはまるだろう。では電子書籍における「アーキテクチャ」とはなんだろうか。まずは電子書籍を支えるウェブ、そしてEPUBやmobiなどの電子書籍フォーマットが考えられる。DRMのような著作権管理の技術も入るだろう。一言に電子書籍といっても、これだけの統制が組み合わさってインターネット上に存在している。

僕の電子書籍に対する不信感を『CODE』の議論で考えてみよう。まず、「アーキテクチャ」の問題は解決されている。それは電子書籍を読むアーキテクチャが僕のiPhoneのなかにあったことだ。そしてそこそこ適正な価格で『火花』がiBooks Storeにあったということで「市場」の問題も一応は解決されていると考えられる。そして多少乱暴な議論になるが、自分のなかで「小説は電子書籍で読まない」という「規範」が崩れた。となると残っているのは「法」だ。僕の電子書籍に対する不信感というのは法律にあったということがわかった。特に目新しい発見があったわけではない。ただこのような考え方のフォーマットを持っておくと、「あぁ、なるほどね」と自分のなかで腑に落ちる結論がでることが多い。もちろんそれが客観的な分析となっているかは別の話だ。



「情報技術によって便利になったこと」は担保されているか


「情報技術によって便利になったこと」は人それぞれ感じることは違うと思うが、僕は情報技術によって「情報へのアクセスが人々へ開放されたこと」がもっとも重要だと考えている。そしてインターネットにまつわるあらゆることにおいて、この部分が害されることに僕は一番の不信感を覚える。では電子書籍は情報へのアクセスを本当に担保しているだろうか。残念ながらいまの電子書籍はそうではない。

情報へのアクセスという視点ではアクセシビリティの側面が重要だ。電子書籍の長所として、音声合成技術によって本を自動で読み上げることができたり、点字への変換を容易に行えたりということがある。これまで紙の本へアクセスできなかった人たちへ、本へのアクセスの道が開かれたということができるだろう。しかし現実はどうだろうか。電子書籍ストアで販売されている書籍の多くはDRMがかけられており、そのようなことはほとんどできない。DRMによってKindleで購入した本をKoboで読むこともできない。DRMはその書籍の本質ではないにも関わらず、コピーを防止したいという権利者の目論見によって情報へのアクセスが阻害されている。

また図書館も電子化にはほど遠い。インターネットによってプレイスシフトが可能となったのに、未だに本を借りるためには図書館まで足を運ばなければならない。都市に住んでいる人や健常者は図書館まで行くのは問題ないだろうが、そうでない人たちにとって図書館に足を運ぶことは難しいこともある。また図書館がその地方自治体の規模に影響されるということも問題の側面のひとつだ。国立国会図書館に収蔵されている書籍は国民の税金によって購入されていることを無視してはいけない。国立国会図書館の本は国民のコモンズであるべきだ。

ここまで挙げてきた問題は主に著作権に関わるものだが、電子書籍にまつわる問題は著作権に限らない。「ヤマダイーブック」の例のように、電子書籍ストアがクローズすると、そのストアで購入した書籍にアクセスできなくなってしまう可能性がある。そしてなんといっても一番の問題は電子書籍ストアのそのラインナップだ。新刊は紙とほぼ同時に電子版もリリースされるようになってきたが、過去の書籍は残念ながらそうではない。もちろん電子書籍の制作コストを考えるとそうなってしまうのだろうが、決して理想の状況ではない。

繰り返すが、これらの問題は決して書籍の本質に関わるものではない。大人の事情で生じた統制がもたらす問題なのだ。



それでも僕はオープン原理主義者でいく


電子書籍に限らず、高度情報社会で生きる僕たちにとって、その統制は生活に密接に関わってくる。その上では、その統制のありかたについて、その作り手や提供者だけでなく、そのユーザーも共に考え、一緒に作り上げていく必要がある。このような考え方はマルチステークホルダープロセスと呼ばれ、インターネットに関わる統制を考えるあらゆる場面で重要視されている。

日本の知的財産権法やインターネット関連法制度はそれまで権利者やその業界団体の声が大きく主張され、その利用者の意見がその過程に盛り込まれることはほとんどなかった。一個人で意見を主張しても、それを大きな声として伝えるには団体が必要だった。そこで日本でユーザーサイドの意見を代表するマルチステークホルダーの一員となるべく、一般社団法人インターネットユーザー協会(MIAU)は2007年に設立された。設立当時、僕は九州で学生生活を送っていたが、インターネットを通じてその活動を追いかけていた。その後2009年に就職で関東に出てくるとほぼ同時に活動に参加するようになり、2011年からは事務局長を務めている。そして現在僕がMIAUの事務局長を続けているモチベーションは、やはりオープンな情報へのアクセスを実現したいという自身の考えからだ。

設立当時は主に著作権法などの知的財産権法に対して意見を述べてきたが、最近はプライバシーや青少年とインターネットの関係、表現規制、そしてドメイン名管理などのインターネットそのもののガバナンスについても意見を求められるようになった。また知的財産権の問題は国内だけの問題にとどまらず、ACTA(偽造品の取引の防止に関する協定)やTPP(環太平洋パートナーシップ)などの秘密協議で進められる国際条約のなかに取り上げられるものになった。

インターネットがオープンで中立的であるべきということには異論は少ないはずだ。しかしインターネットを取り巻く「オープンネス」はちょっと気を抜くと失われてしまう。ただ、最近はそのようなインターネットにオープンネスを求めること自体が原理主義的で、現実味を失ってきているという意見も見られる。しかし、だからといって「原理主義」の声を上げることをやめてしまっては一気に規制強化に転がっていくことも事実だろう。でも僕はインターネットにはじめて出会ったときの衝撃を忘れたくないし、その衝撃の波のなかにあり続けたい。だからめんどくさいと思われても、原理主義的だといわれても、オープンな情報へのアクセスを実現するために僕は声を上げ続ける。インターネットはずっと鳴り止まないのだから。

個別の議論ごとにでも構わない。もしその主張に理があるとあなたが考えるなら、ぜひMIAUの活動をサポートしてほしい。



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MIAUの活動資金はMIAUの有料メルマガの購読料によって賄われています。これまで勉強会の講師費用や、記者会見の会場費やコピー代などに使われてきました。現在は月に2回のPodcastコンテンツや、それに関する論考を配信しています。これを機に購読をご検討いただけますと幸いです。


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◆本稿はクリエイティブ・コモンズ表示4.0国際(CC BY 4.0)ライセンスの下に提供されています。詳細はリンク先をご確認ください。
http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja


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