川瀬薫『静かな海の光たち』作品情報&著者情報(『月刊群雛』2016年07月号掲載)

作品情報&著者情報
『月刊群雛』2016年07月号

『月刊群雛』2016年07月号には、川瀬薫さんの小説『静かな海の光たち』が掲載されています。これはどんな作品なんでしょうか? 作品概要・サンプル・著者情報などをご覧ください。

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作品概要

 広島県尾道市。美術部に所属する高校二年生の少女、三島みしま房枝ふさえは、心から故郷の尾道を愛している。尾道の街と学校にも夏がやって来た。三島家の暖かい家庭風景に、美術部の顧問の秋山あきやま先生と、同級生の田島たじまと過ごすひと夏の思い出。自分の絵を必死に高めようとする房枝にも、やがて夏の終わりが訪れるのだが……。同級生との淡い恋や、美術への葛藤と愛情を書き込んだ、ひと夏の風景を主題にした、ノスタルジックな味わいの純文学小説です。

―― 尾道を舞台にした美術が好きな少女の話

静かな海の光たち

 七月の涼しい日は珍しく、その時はとても気持ちが良くなる。房枝ふさえは、学校の屋上の、海が見晴らせる場所でそう思った。尾道市。広島県の南東に位置し、瀬戸内海の沿岸に位置する街である。房枝は少し、「はっ」と息を吐いた。その時に本格的に夏が訪れる気配を感じた。屋上からは、海と山と消防署などの建物が見える。海の流れの中に、街が位置するような形で埋もれている。どれも手を伸ばして触りたくなるような程に愛おしい。

 今日は、学校の授業で『宇津保物語』を扱い文章読解をした。尾道は文学の街である。志賀直哉の作品の舞台にもなっている。房枝は『暗夜行路』を、学校の図書室で読み始めたばかりである。少し塩辛い汗が、一滴、二滴と、房枝の口の中に垂れた。その時に夏の風が吹いた。房枝の髪は切り揃えられていて艶がある。風がその髪をわずかに揺らした。

 背後に人の気配を感じた。先ほどまで話し込んでいた、同じ美術部に所属している田島たじまという男子生徒が、屋上に上がってきたのかと思わず息を飲んだ。しかし、房枝の所属する美術部の顧問である秋山あきやま先生が、屋上にいる房枝のことを気にかけて、様子を見に来てくれたのだ。房枝は笑みを浮かべると、「先生上がって来ましたね」と手を振った。「屋上は」と、秋山先生は房枝の右肩に軽く手を置いて、「開放されているわけではないからね」とそう肩を軽く叩き、秋山先生も笑った。

 海面上に尾道の街が広がって見える。一隻の船が町へ帰って来ようとしていた。房枝は思わず小脇に抱えていた、美術部のスケッチブックを取り出すと、「先生、あれが」と言い、指を動かした。「気持ちは分かるけれども、下校時間だから」秋山先生がそう制して苦笑いをした。「三島みしま、帰ることにしよう」と、秋山先生が背を向けると、房枝は大急ぎで、視界から消えようとする船を目に焼き付けた。スケッチブックに〝船、瀬戸内海水運へ帰る、スケッチを必ずすること〟とだけ鉛筆で走り書きすると直ぐに、秋山先生と校舎の階下へと降りて行った。

 房枝の住む街を夕日が赤く染めていた。船がコトコトとした音を立てて、漁から帰ってきた男たちの会話を交わしている声が房枝の耳につい入る。「おや、三島さんの所の房枝ちゃんかね。今帰りかい?」近所に住む今野いまのさんというお爺さんが麦わら帽子をかぶって座っていた。房枝は「三島です。今野さん、今晩は」と漁師たちを横目に挨拶をした。今野さんの吸う煙草が房枝の鼻孔を刺激し、祖父の晴海はるみが吸うのと同じハイライトの煙草であることに気づいた。

※サンプルはここまでです。

作品情報&著者情報

川瀬薫(かわせ・かおる)
川瀬薫(かわせ・かおる)
―― まず簡単に自己紹介をお願いします

 群雛に参加させて頂くのは三回目になります。川瀬薫と申します。前回掲載させて頂いてから、半年近く経ってしまいました。その間、色々と考え方も変わり、自分が三十代を迎えても、まだ成長しているのだな、などと思っていました。小説投稿サイトなどもますます賑わい、書き手や読み手を巡る状況も半年間で大きく変わったように思っています。代表作である架空の高校を題材にした、文芸部が舞台の『スクランブルエッグの時代』を各電子書籍ストアで配信しておりますが、一冊か二冊程度しか売れていません。セルフパブリッシングという方法は便利ですが、プロモーションはもちろんとしてなかなかに難しい世界であると、再び痛感させられました。美少女が二人も登場するので、是非読んで頂きたいです。力作になった、と私は思っています。

◆公式サイト:『川瀬薫のHomepage』
http://www.kaoru-kawae.jimdo.com/
◆ブログ:『川瀬薫のブログ』
http://www.kaoru-kawase.blogspot.jp/

―― この作品を制作したきっかけを教えてください

 作品の中に書きましたが、広島県尾道市は、私の憧れでした。沢山の映画の舞台にもなっているので、芸術を志すならば、私も一度は尾道を舞台にした小説を書いてみたい、と思い書き進めて完成させました。実際に尾道を訪れたことがないので、パソコンのデスクトップを尾道市の写真にして頑張りました。

―― この作品の制作にあたって影響を受けた作家や作品を教えてください

 夏目漱石(なつめ・そうせき)の『三四郎』です。久しぶりに読み返して、感動しました。

―― この作品のターゲットはどんな人ですか

 今作は年上の方に読んで頂きたいです。純文学が好きな方を対象としました。

―― この作品の制作にはどれくらい時間がかかりましたか

 一、二週間くらいです。

―― 作品の宣伝はどのような手段を用いていますか

 Twitterとブログです。綺麗なレイアウトを簡単に作れるツールがないか、探索しています。

―― 作品を制作する上で困っていることは何ですか

 私自身の体調不良と、熊本県の地震が心配なことです。熊本と東北の一日も早い復興を願っています。

―― 注目している作家またはお気に入り作品を教えてください

 綿矢りさ(わたや・りさ)さんです。朝日新聞連載の『私をくいとめて』に注目しています。

―― 今後の活動予定や目標を教えてください

 最近は、写真にも凝っているので、写真と文章を組み合わせた作品を作りたいです。頑張ります。

―― 最後に、読者へ向けて一言お願いします

 災害が多いですね。今年の夏は暑いようなので、乗り切っていきましょう。

川瀬薫さんの作品が掲載されている『月刊群雛』2016年07月号は、下記のリンク先からお求め下さい。誌面は縦書きです。

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